(67) 「あるブログ」と「公安Kスパイ養成所」
D 様
連日の猛暑・・。
この地にも、強い陽射しが降り注いでいます。
でも、真夏とは違う乾いた風・・・。
裏庭の木々が、サワサワと落ち着かぬ気に揺れています。
それはまるで、私に届かぬ言葉に苛立っているような・・・。
ほら、アソコだってば ー。
早く行ってあげて。
木々たちは、知っているのかも知れません。
パルの居場所を・・・。
私は、木々たちを見つめ、その声を聞こうとしています。
さてD様 ー。
唐突ですが・・・ 筆跡というものは、まず変えられないものです。
文字を覚え始めた頃から培われてきた、自分なりの字の形は、変えようと意識しても、つい癖が出てしまいます。
例えば、「あ」の文字を百人に書いてもらえば、全部が違う「あ」になるはずです。
同じ文字ですが、その書き方は百人百様です。
また、人の筆跡を真似しようとしても、それは至難のことで、
真似した文字の中にも書き手の癖が出てしまうものです。
文章にも、同様のことが言えると思います。
例えば、太宰治の小説は、太宰の文体で書かれています。
全く違うテーマの作品でも、太宰特有の文体は隠しようもありません。
それは、三島由紀夫にも、芥川龍之介にも、夏目漱石にも・・・そして、村上春樹にも言えることで、
その作品の文体には、作者の息遣いが流れ、誰かが真似ようとしても無理なことです。
文豪たちに限らず、一般の人たちにも同様のことが言えると思います。
毎日綴る日記は、書き手それぞれの「文体」があるだろうし、手紙などにもしてもそうです。その人なりの個性は出ています。勿論、インターネット上のブログ記事なども例外ではありません。
文章には、書き手が無意識に放つ「匂い」のようなものがあるのです。
意識するしないに関わらず、それが出てきます。
さて、D様 ー。
私は、4,5日前にあるブログを訪問しました。
私のブログの訪問者履歴にあったサイトを訪れてみたのです。
今年の6月に開設した新しいブログでした。
そして、記事を読んでいるうちに、妙な既視感に捉われたのでした。
どこかで読んだ文章・・・そんなはずはないのに・・・。
どこで・・・?
やがて、それは、あるブログ記事の文体に酷似していることに気付きました。
書いてある内容は、全く別のものです。ポジティブに生きていこうとする記事でした。
しかし、その文章は、かつての「匂い」を放っていたのでした。
さて、D様 ー。
私は、前々回に、ブログ「キャプチャーされる日々」について書きました。
このブログは、突然、閉鎖されてしまったのですが ー、
ブログ主は、私に対し、そんな事態になることを恐れるかのようなコメントを残していました。
「自分の意思でブログを閉鎖することはない。もし閉鎖された時は、このコメントと共に(私のブログ内に)記事を載せて欲しい。」と ー 。
そして、ブログ主が予想していた通り、ブログは閉鎖されました。
私は、自分のブログのサイドバーで、連絡のコメントをくれる様にと呼びかけました。
・・・が、ブログ主「たつ」さんからの連絡はありませんでした。
そこで私は、約束通りに、自分のブログ内に、その経緯と当該記事を掲載しました。
読者からは、「たつ」さんの安否を憂慮するコメントも寄せられたのでした。
それから、約半月 ー。
何気なく訪問したブログ・・・。
その記事の文体に、私は「キャプチャーされる日々」と同じ「匂い」を感じたのです。
私は、しばし、その画面の文字を追いました。
記事は、全く違う内容・・・。
しかし、ふとあるキーワードに気付きました。
たつさんの以前のコメントにあった下記の一文・・・。
「私は元々、学生時代に、精神医学関連の本を多少読んでいました。」
そして、今回訪問した記事の中には ー、
「・・・一般的に、それは欲求と呼ばれている。フロイトはこれをリビドーという言葉で表した。」
開設したばかりで、それほど多くない記事の中に、共通する内容があったのでした。
また、文の繋ぎ方、終わり方などにも・・・。
D様 ー。
私は、文章の専門家ではないし、同一人物であるとの断定はしません。
穿ち過ぎの可能性も否定しません。
いずれにしろ、これ以上の詮索はしないつもりです。
ただ、「たつ」さんが、元気な日常を送っていることを祈りたいと思います。
**********************************************
さて、D様 ー。
前回の続きを書かせていただきます。
公安Kという組織に付いてですが、
前回は、その活動の実態は、国民には知らされていないことを書きました。
だから、予算の使途を詳細に検証する必要があると ー。
実態の解明には、予算面からの検証の他に、内部告発を誘発していくことも有効です。
告発者自身の罪は問わないことと、そして身元の秘匿を保障した上で、受け付ける態勢を整えるのです。
非合法な活動に疑問をもっている組織員は、必ずいると思われます。
現時点でも、何人かの公安OBが、内部告発を行なっています。
島袋修氏もその一人です。
島袋氏は、元沖縄県警の警察官です。公安課に所属していました。
(正式には、「県警察本部・警備部・警備課調査一係」 ※諜報専門の部隊とのことです。)
氏は、上記の部署に10年間在職していました。
そして、退職後に、その活動内容を綴った「公安警察スパイ養成所」(宝島社)を出版されました。
その内容は、詳細で衝撃的です。
島袋氏は、この著書に、在職中の活動内容を書き綴っていますが、
まず、公安の組織員として特別教育を受けた時のことを取り上げてみたいと思います。
その教育は、警察大学校(東京中野区・当時)で行なわれました。
全国の公安所属の警察官の中から選ばれた組織員が、「警備専科教養講習」という集中講義のために集められたのです。この教育を受けるのは、公安所属の中でも、特に優秀な者だということで、沖縄県警からの参加は、後にも先にも、島袋氏が知る範囲では、氏自身一人だけということです。
島袋氏は ー、
「・・・ところが警察大学校に入校して驚いたことには、この『警備専科教養講習』とは、戦前の『陸軍中野学校』に準ずるようなスパイ養成講座だったのだ。」 と、この著書の中で言っています。
この一文にある「陸軍中野学校」とは ー、
大日本帝国陸軍の軍学校で、諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育や、訓練を目的として、
昭和13年に開校されたものです。
その教育内容は、諜報、謀略、防諜などの、秘密戦に関連する講義と実践でした。
以下に、それを説明してみます。
「諜報」とは、情報を収集のこと ー 。
内外の情勢を掌握し、どのような事態に遭遇しても、迅速・的確な意思決定が求められます。
「謀略」とは、敵を欺く情報操作や宣伝のことで、敵を孤立・混乱させたりする目的で行なわれます。
「防諜」とは、敵が仕掛けてくる諜報、謀略を探知し、それを逆利用し、偽の情報を流して敵を混乱させることです。 (参考資料:ウキペディア)
学生たちは「名誉や地位を求めず、日本の捨石となって朽ち果てる」という信条や、汚く卑怯ともいえる諜報活動をするからこそ、「至誠」の心を、強く持つよう教育されました。言わば戦争前夜 ー 大日本帝国憲法の下で、軍国主義が暴走していた時代の、特殊任務の軍人教育です。
島袋氏は、戦後から36年も経過した昭和56年に、「警備専科教養講習」を受けたわけですが、それが、この「陸軍中野学校」に準ずるスパイ養成講座だった ー と言うのです。
何の為に・・・?
それは、「国民を対象とするスパイ行為」を実施するためです。
「警備専科教養講習」ー 島袋氏がこの講習の受けた時の受講者は40名でした。
担当の内訳は、「日本共産党・民生同盟」担当が10名、「極左」担当が13名、「警察内の共産党スパイ摘発」担当が6名・・・残りの12名の任務は、今を以っても分らないと、氏は言います。
※日本の警察機構において、「諜報活動」と「情報収集」の現場を統括指揮するのは、警察庁警備局公安一課で、通称「第四係」と呼ばれています。この「第四係」は、内部の隠語では「桜」と呼ばれていました。現在は「ゼロ」とのこと ー。
以下は、島袋氏の著書の一文です。
「われわれ『裏の公安』は、面が割れては仕事にならない。『桜』たちは、警察署に出署することもなく、特別な拠点を設けて任務に精を出す。一般の警官とは生息地が違うのである。」
また、
「『現代版中野スパイ学校』で私は、徹底的な洗脳を受けた。」との記述も ー。
その中には、日本共産党に対する徹底した敵愾心教育がありました。
常に、日本共産党への敵対意識を持ち、戦う姿勢を示すことが要求されたのです。
教官は、
「日共を倒壊することは、国民の利益であり、そのためには違法行為も辞さない。」
「日共の言う国会(武力革命を放棄し、国会を通して民主的に共産主義革命を達成するという平和路線)とは、国民に対しての欺瞞手段である。」
・・などと、受講生たちに叩き込んだと言います。
D様 ー。
私は、コミュニストではないし、日共支持者でもないのですが、何もここまで力まなくとも・・・と思ってしまうのです。これは、戦前の「特高警察」が、共産主義者を弾圧したのと同じではありませんか ー。
この民主主義の国において、思想・信条の領域にまで警察が入りこむことが、許されるはずもありません。
公安Kの理屈は ー、
「日共の本質は、暴力革命を目指す組織だということである。現在、外に対しては、『自由と民主主義』を標榜しているが、それはあくまで欺瞞であり、言葉の上のことである。本質は全く変わっていない。」
そして、公安の予算の半分が、日共対策に使われていると言うのです。
いやはや・・・と言うしかありません。
鈴木邦男氏は著書「公安化するニッポン」の中で、
「・・・この謎めいた公安の理不尽な活動は、自らの予算を拡大させるための方便、自らの利権のことしか考えていない輩たちなのではないか ー。」と言っています。
さて島袋氏は、この警察大学校の「警備専科教養講習」で、
国民が対象となるスパイ技術の手法を叩き込まれたわけですが ー 、
その中には、CIA長官の下記の言葉もあったとのことで、公安Kとの密接な関係が推測されます。
「情報活動の成功を人に告げることなし。また失敗を告げることなし。諸君の仕事は国家が永久に感謝し、歴史が評価するであろう。」
歴史が評価する・・?
歴史が断罪する ー の間違いではないのか。
公安Kは、この言葉に値する活動をしているのか?
国民に陰湿な目を向け、痛くない腹を探り、あろうことか不法・卑劣、かつ悪らつな行為で、罪なき国民を苦しめ・・・その疑いが、持たれているのです。
第二次世界大戦中、ナチスの将校たちは無力なユダヤ人に対し、残虐の極みとも言える行為を行なっていました。相手に反撃の力がないと見るや、人間はここまで非道になれるのかと・・・戦後、世界中が震撼としたものです。
しかし、戦後すべては暴かれ、この戦犯たちは断罪されました。
生き残った者たちも、生涯その罪におののき、惨めな人生を送ることになったのです。
そして、歴史はその罪業を、永遠に許すことはありません。
(現在のイスラエルは、その惨禍のトラウマを抱え、周辺諸国と協調することが出来ません。しかし、武力をもっては、互いの憎悪も、内包したトラウマも、膨張を続けるだけ・・・そう気付くべきです。そして世界は、そのトラウマを取り除く方法を、模索して行くべきなのでしょう・・。)
そして今、日本の各地から上がっている、組織犯罪の被害の訴えは紛れもない事実・・。
巨大なネットワークをもつ組織が、ハイテク機器を駆使し、ターゲットに壮絶な加害行為を行なっているのです。
私は、怒りを込め、この組織犯罪を告発しています。
生きている限り、それを止めることはありません。
そして、D様 ー。
私は信じます。この組織犯罪が暴かれ日は必ず来ると・・・。
さて、島袋氏は ー、
警察大学校で受けた「警備専科教養講習」の内容を、著書の中で70項目に分けて書いておられますが、
その内容と、受講後の活動についてを、次回に書きたいと思います。
D様 ー。
起床時に確認すると、脚に針の痕が見つかります。
その間隔が、このところ短くなって来ました。
それに伴い、また、脚に糸くずのような血管が浮いてきています。
脚に締め付けられるような痛みも、感じるようになりました・・。
近く、診察を受けたいと思っています。
猛暑が続いています。
D様も、ぜひ御自愛下さいますようー。
2010.9.2
万 留 子


連日の猛暑・・。
この地にも、強い陽射しが降り注いでいます。
でも、真夏とは違う乾いた風・・・。
裏庭の木々が、サワサワと落ち着かぬ気に揺れています。
それはまるで、私に届かぬ言葉に苛立っているような・・・。
ほら、アソコだってば ー。
早く行ってあげて。
木々たちは、知っているのかも知れません。
パルの居場所を・・・。
私は、木々たちを見つめ、その声を聞こうとしています。
さてD様 ー。
唐突ですが・・・ 筆跡というものは、まず変えられないものです。
文字を覚え始めた頃から培われてきた、自分なりの字の形は、変えようと意識しても、つい癖が出てしまいます。
例えば、「あ」の文字を百人に書いてもらえば、全部が違う「あ」になるはずです。
同じ文字ですが、その書き方は百人百様です。
また、人の筆跡を真似しようとしても、それは至難のことで、
真似した文字の中にも書き手の癖が出てしまうものです。
文章にも、同様のことが言えると思います。
例えば、太宰治の小説は、太宰の文体で書かれています。
全く違うテーマの作品でも、太宰特有の文体は隠しようもありません。
それは、三島由紀夫にも、芥川龍之介にも、夏目漱石にも・・・そして、村上春樹にも言えることで、
その作品の文体には、作者の息遣いが流れ、誰かが真似ようとしても無理なことです。
文豪たちに限らず、一般の人たちにも同様のことが言えると思います。
毎日綴る日記は、書き手それぞれの「文体」があるだろうし、手紙などにもしてもそうです。その人なりの個性は出ています。勿論、インターネット上のブログ記事なども例外ではありません。
文章には、書き手が無意識に放つ「匂い」のようなものがあるのです。
意識するしないに関わらず、それが出てきます。
さて、D様 ー。
私は、4,5日前にあるブログを訪問しました。
私のブログの訪問者履歴にあったサイトを訪れてみたのです。
今年の6月に開設した新しいブログでした。
そして、記事を読んでいるうちに、妙な既視感に捉われたのでした。
どこかで読んだ文章・・・そんなはずはないのに・・・。
どこで・・・?
やがて、それは、あるブログ記事の文体に酷似していることに気付きました。
書いてある内容は、全く別のものです。ポジティブに生きていこうとする記事でした。
しかし、その文章は、かつての「匂い」を放っていたのでした。
さて、D様 ー。
私は、前々回に、ブログ「キャプチャーされる日々」について書きました。
このブログは、突然、閉鎖されてしまったのですが ー、
ブログ主は、私に対し、そんな事態になることを恐れるかのようなコメントを残していました。
「自分の意思でブログを閉鎖することはない。もし閉鎖された時は、このコメントと共に(私のブログ内に)記事を載せて欲しい。」と ー 。
そして、ブログ主が予想していた通り、ブログは閉鎖されました。
私は、自分のブログのサイドバーで、連絡のコメントをくれる様にと呼びかけました。
・・・が、ブログ主「たつ」さんからの連絡はありませんでした。
そこで私は、約束通りに、自分のブログ内に、その経緯と当該記事を掲載しました。
読者からは、「たつ」さんの安否を憂慮するコメントも寄せられたのでした。
それから、約半月 ー。
何気なく訪問したブログ・・・。
その記事の文体に、私は「キャプチャーされる日々」と同じ「匂い」を感じたのです。
私は、しばし、その画面の文字を追いました。
記事は、全く違う内容・・・。
しかし、ふとあるキーワードに気付きました。
たつさんの以前のコメントにあった下記の一文・・・。
「私は元々、学生時代に、精神医学関連の本を多少読んでいました。」
そして、今回訪問した記事の中には ー、
「・・・一般的に、それは欲求と呼ばれている。フロイトはこれをリビドーという言葉で表した。」
開設したばかりで、それほど多くない記事の中に、共通する内容があったのでした。
また、文の繋ぎ方、終わり方などにも・・・。
D様 ー。
私は、文章の専門家ではないし、同一人物であるとの断定はしません。
穿ち過ぎの可能性も否定しません。
いずれにしろ、これ以上の詮索はしないつもりです。
ただ、「たつ」さんが、元気な日常を送っていることを祈りたいと思います。
**********************************************
さて、D様 ー。
前回の続きを書かせていただきます。
公安Kという組織に付いてですが、
前回は、その活動の実態は、国民には知らされていないことを書きました。
だから、予算の使途を詳細に検証する必要があると ー。
実態の解明には、予算面からの検証の他に、内部告発を誘発していくことも有効です。
告発者自身の罪は問わないことと、そして身元の秘匿を保障した上で、受け付ける態勢を整えるのです。
非合法な活動に疑問をもっている組織員は、必ずいると思われます。
現時点でも、何人かの公安OBが、内部告発を行なっています。
島袋修氏もその一人です。
島袋氏は、元沖縄県警の警察官です。公安課に所属していました。
(正式には、「県警察本部・警備部・警備課調査一係」 ※諜報専門の部隊とのことです。)
氏は、上記の部署に10年間在職していました。
そして、退職後に、その活動内容を綴った「公安警察スパイ養成所」(宝島社)を出版されました。
その内容は、詳細で衝撃的です。
島袋氏は、この著書に、在職中の活動内容を書き綴っていますが、
まず、公安の組織員として特別教育を受けた時のことを取り上げてみたいと思います。
その教育は、警察大学校(東京中野区・当時)で行なわれました。
全国の公安所属の警察官の中から選ばれた組織員が、「警備専科教養講習」という集中講義のために集められたのです。この教育を受けるのは、公安所属の中でも、特に優秀な者だということで、沖縄県警からの参加は、後にも先にも、島袋氏が知る範囲では、氏自身一人だけということです。
島袋氏は ー、
「・・・ところが警察大学校に入校して驚いたことには、この『警備専科教養講習』とは、戦前の『陸軍中野学校』に準ずるようなスパイ養成講座だったのだ。」 と、この著書の中で言っています。
この一文にある「陸軍中野学校」とは ー、
大日本帝国陸軍の軍学校で、諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育や、訓練を目的として、
昭和13年に開校されたものです。
その教育内容は、諜報、謀略、防諜などの、秘密戦に関連する講義と実践でした。
以下に、それを説明してみます。
「諜報」とは、情報を収集のこと ー 。
内外の情勢を掌握し、どのような事態に遭遇しても、迅速・的確な意思決定が求められます。
「謀略」とは、敵を欺く情報操作や宣伝のことで、敵を孤立・混乱させたりする目的で行なわれます。
「防諜」とは、敵が仕掛けてくる諜報、謀略を探知し、それを逆利用し、偽の情報を流して敵を混乱させることです。 (参考資料:ウキペディア)
学生たちは「名誉や地位を求めず、日本の捨石となって朽ち果てる」という信条や、汚く卑怯ともいえる諜報活動をするからこそ、「至誠」の心を、強く持つよう教育されました。言わば戦争前夜 ー 大日本帝国憲法の下で、軍国主義が暴走していた時代の、特殊任務の軍人教育です。
島袋氏は、戦後から36年も経過した昭和56年に、「警備専科教養講習」を受けたわけですが、それが、この「陸軍中野学校」に準ずるスパイ養成講座だった ー と言うのです。
何の為に・・・?
それは、「国民を対象とするスパイ行為」を実施するためです。
「警備専科教養講習」ー 島袋氏がこの講習の受けた時の受講者は40名でした。
担当の内訳は、「日本共産党・民生同盟」担当が10名、「極左」担当が13名、「警察内の共産党スパイ摘発」担当が6名・・・残りの12名の任務は、今を以っても分らないと、氏は言います。
※日本の警察機構において、「諜報活動」と「情報収集」の現場を統括指揮するのは、警察庁警備局公安一課で、通称「第四係」と呼ばれています。この「第四係」は、内部の隠語では「桜」と呼ばれていました。現在は「ゼロ」とのこと ー。
以下は、島袋氏の著書の一文です。
「われわれ『裏の公安』は、面が割れては仕事にならない。『桜』たちは、警察署に出署することもなく、特別な拠点を設けて任務に精を出す。一般の警官とは生息地が違うのである。」
また、
「『現代版中野スパイ学校』で私は、徹底的な洗脳を受けた。」との記述も ー。
その中には、日本共産党に対する徹底した敵愾心教育がありました。
常に、日本共産党への敵対意識を持ち、戦う姿勢を示すことが要求されたのです。
教官は、
「日共を倒壊することは、国民の利益であり、そのためには違法行為も辞さない。」
「日共の言う国会(武力革命を放棄し、国会を通して民主的に共産主義革命を達成するという平和路線)とは、国民に対しての欺瞞手段である。」
・・などと、受講生たちに叩き込んだと言います。
D様 ー。
私は、コミュニストではないし、日共支持者でもないのですが、何もここまで力まなくとも・・・と思ってしまうのです。これは、戦前の「特高警察」が、共産主義者を弾圧したのと同じではありませんか ー。
この民主主義の国において、思想・信条の領域にまで警察が入りこむことが、許されるはずもありません。
公安Kの理屈は ー、
「日共の本質は、暴力革命を目指す組織だということである。現在、外に対しては、『自由と民主主義』を標榜しているが、それはあくまで欺瞞であり、言葉の上のことである。本質は全く変わっていない。」
そして、公安の予算の半分が、日共対策に使われていると言うのです。
いやはや・・・と言うしかありません。
鈴木邦男氏は著書「公安化するニッポン」の中で、
「・・・この謎めいた公安の理不尽な活動は、自らの予算を拡大させるための方便、自らの利権のことしか考えていない輩たちなのではないか ー。」と言っています。
さて島袋氏は、この警察大学校の「警備専科教養講習」で、
国民が対象となるスパイ技術の手法を叩き込まれたわけですが ー 、
その中には、CIA長官の下記の言葉もあったとのことで、公安Kとの密接な関係が推測されます。
「情報活動の成功を人に告げることなし。また失敗を告げることなし。諸君の仕事は国家が永久に感謝し、歴史が評価するであろう。」
歴史が評価する・・?
歴史が断罪する ー の間違いではないのか。
公安Kは、この言葉に値する活動をしているのか?
国民に陰湿な目を向け、痛くない腹を探り、あろうことか不法・卑劣、かつ悪らつな行為で、罪なき国民を苦しめ・・・その疑いが、持たれているのです。
第二次世界大戦中、ナチスの将校たちは無力なユダヤ人に対し、残虐の極みとも言える行為を行なっていました。相手に反撃の力がないと見るや、人間はここまで非道になれるのかと・・・戦後、世界中が震撼としたものです。
しかし、戦後すべては暴かれ、この戦犯たちは断罪されました。
生き残った者たちも、生涯その罪におののき、惨めな人生を送ることになったのです。
そして、歴史はその罪業を、永遠に許すことはありません。
(現在のイスラエルは、その惨禍のトラウマを抱え、周辺諸国と協調することが出来ません。しかし、武力をもっては、互いの憎悪も、内包したトラウマも、膨張を続けるだけ・・・そう気付くべきです。そして世界は、そのトラウマを取り除く方法を、模索して行くべきなのでしょう・・。)
そして今、日本の各地から上がっている、組織犯罪の被害の訴えは紛れもない事実・・。
巨大なネットワークをもつ組織が、ハイテク機器を駆使し、ターゲットに壮絶な加害行為を行なっているのです。
私は、怒りを込め、この組織犯罪を告発しています。
生きている限り、それを止めることはありません。
そして、D様 ー。
私は信じます。この組織犯罪が暴かれ日は必ず来ると・・・。
さて、島袋氏は ー、
警察大学校で受けた「警備専科教養講習」の内容を、著書の中で70項目に分けて書いておられますが、
その内容と、受講後の活動についてを、次回に書きたいと思います。
D様 ー。
起床時に確認すると、脚に針の痕が見つかります。
その間隔が、このところ短くなって来ました。
それに伴い、また、脚に糸くずのような血管が浮いてきています。
脚に締め付けられるような痛みも、感じるようになりました・・。
近く、診察を受けたいと思っています。
猛暑が続いています。
D様も、ぜひ御自愛下さいますようー。
2010.9.2
万 留 子

