スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(30)

D 様


今日のこの地は薄曇りです。
昨日の高く青い空には、半透明のヴェールが掛けられたようです。
薄い陽射しが、敷地の一角を照らし、色褪せたモミジの葉が柔らかく光っています。
風はなく、木々の枯れた葉は、所在なげに舞う時を待っているかのよう ー 。
穏やかな冬の午後です・・・。



さて、D様ー。
ビートルズの「ヘイ・ジュード」という曲は、ご存知のことと思います。
ポール・マッカートニーが書いた曲で、ジョン・レノンの息子へのメッセージだと言われています。
当時、ジョンは最初の妻と離婚しようとしていました。
ポールは、彼らの幼い息子ジュリアンを気遣い、励ます内容のこの曲を作ったのでした。

この曲が、世界各国に流れていた時代・・・世界は冷戦下にありました。
ヨーロッパの東側諸国はソ連の支配下にあり、国民はソ連の傀儡(かいらい)政権の圧政に苦しんでいました。
秘密警察の監視のもと、言論は統制され、暗く重苦しい社会に生きていたのです。


チェコスロバキアもそんな国の一つです。
この国においては、60年代半ば、自由と平和を求める民衆の運動が高まりました。
ドプチェク政権のもと、社会は民主化へと動き始めたのです。
「プラハの春」といわれる自由な社会への流れです。

しかし1968年8月、ソ連軍が突然、首都プラハに侵攻しました。
チェコはソ連の支配下に置かれ、再び、暗く重苦しい空気が国中を覆いました。
そして、1989年のベルリンの壁崩壊の年 ー いわゆる「ビロード革命」の日まで、圧政が続いたのでした。


この国にマルタ・グビショバという歌手がいます。
「プラハの春」の時期に、「マルタの祈り」という曲で、国民の心を捉えました。
永遠の平和を求めるこの歌は、その後、民主化運動の中で歌われ続けたのです。

彼女は「ヘイジュード」という曲を知るや、自分なりの歌詞をつけてレコーディングしました。
この歌もまた、民衆の心をとらえ、反体制運動の中で歌われ続けることになったのです。

圧政の時代を背景とするその経緯は、ドキュメント番組として、NHKで放送されました。
2000年12月の「世紀を刻んだ歌:ヘイ・ジュード ~ 革命のシンボルとなった名曲」という番組です。

D様もご覧になったかも知れません。
今年の10月に再放送されたらしいのですが、私は見逃してしまいました。
2000年の放送の時に観て、感動したことを覚えています。


チェコスロバキアにおける民主化運動は、弾圧を受け、体制を批判する者は、逮捕・投獄・職場追放・・・と迫害を受けていました。

マルタも歌うことを禁じられ、何度も逮捕され、秘密警察の監視下におかれました。
彼女は、ソ連共産党を讃える歌を歌うか、故郷を捨てるかを選べと迫られたと言います。
マルタはそのどちらも選ばず、抵抗の道を歩いたのでした。

彼女は、音楽界から永久追放となり、警察による執拗な嫌がらせを受けるようになりました。
生活は困窮し、流産、離婚・・・やっと得た職も警察によって奪われました。
その後、再婚するまで、彼女への陰湿な迫害行為は続いたのです。

マルタが再婚で得た平穏な日々も、長くは続きませんでした。
彼女は、友人の地下組織の運動家ハヴェルを支援する道を選んだのです。
のちに大統領となるハヴェルは、弾圧を受け、逮捕、投獄が繰り返されていました。

そんな中、「ヘイ・ジュード」は密かに歌われ続けました。
国民の自由と平和を求める熱い波は、国の地面下で、うねりとなっていたのです。


1989年 ー ベルリンの壁が崩壊しました。
その波は、チェコ全土に波及し、プラハでは、参加者80万人ものデモが行なわれました。
チェコ国内の民主化を求める炎は、もはや、消すことの出来ないほど燃え上がったのです。

民衆の中心にいたのが、服役を終えたばかりのハヴェル・・・。
マルタは、ハヴェルの要請で民衆の前に立ちました。

ある学生集会の時、彼女は学生たちから、唄ってくれと頼まれました。
「ヘイ・ジュード」を唄ってくれとー 。

20年もの間、唄わなかった歌・・・彼女は歌詞も忘れかけていました。
やがて、彼女の歌に、学生たちの声が重なりました。
彼らは、弾圧されながらも、この歌を唄い続けていたのです・・・。


人生はすばらしい そして時には残酷なもの
でもジュード 自分の人生を信じなさい
人生は私たちに傷と痛みを与え
時として 傷口に塩をすりこみ 枝が折れるほどたたく
人生は私たちをあやつるけど 悲しまないで

ジュード あなたには歌がある
みんながそれを歌うと あなたの目が輝く
そして あなたが静かに口ずさむだけで
すべての民衆は あなたにひきつけられる

ジュード あなたは知っている
口がヒリヒリ 石を噛むようなつらさを
あなたの口から きれいに聞こえてくる歌は
不幸の裏にある 真実を教えてくれる   (※一部抜粋)



その年12月のビロード革命 ー 。
広場を埋め尽くした民衆は、ハヴェル新大統領に歓喜の声を上げ続けました。


D様、私は思います。
人々を不当に弾圧する組織は、必ず崩壊するのだと ー 。
人の自由な思想や言論を封じることは、不可能なのだと ー 。

民主主義とは、為政者への批判を許す体制に他なりません。
百人百様の思想・主義・主張で混沌としている社会です。
国民に、特定の主義主張を押し付け、批判者を弾圧する社会はいずれ崩壊します。


チェコスロバキアの圧政の時代 ー この国の人々を監視し、盗聴し、検閲し、密告を促し・・・圧政の象徴とも言える役割を負っていたのが、秘密警察(人民保安庁国家保安隊StB)です。彼らは体制への批判を許さず、自由な言論を封じました。

放送メディア、新聞、雑誌、音楽、演劇、絵画・・・また、個人の手紙に至るまで、あらゆるものが検閲されました。
そして、抵抗する者は、尾行、監視、逮捕、投獄、職場追放など、あらゆる迫害を受けたのです。
この息の詰まる暗黒の社会は、そんなに遠い時代のことではありません。

しかし、チェコの秘密警察にしても、何らの容疑のない者を迫害することはなかったはずです。
不当な理由にせよ、体制の中にはそれなりの「ものさし」があったはずです。


日本におけるK・・・予算も人員も、チェコの秘密警察の比ではなく、日進月歩するハイテク機器を備えた組織です。
私たち国民は、この組織が何をしているのか、知りません・・・。

今、日本国内において、この組織に監視されている人はどれくらいいるのでしょう?
盗聴、盗撮、尾行などの技術は、ハイテク機器の使用により、飛躍的に精度を増しているはずです。様々な分野での協力体制も、磐石なものになっていることでしょう。

しかし、不審人物とする対象者がいなければ、この組織は機能をさびれさせ、縮小していかざるを得ません・・・
ターゲットが必要です。

今、日本国中で被害が出ている「集団ストーカー」と呼ばれる犯罪・・・。
被害の内容は、全国的な組織による専門的なネットワークの存在を示唆しています。
それは、一宗教法人、一団体レベルのものではありません。協力者として、宗教法人や団体が利用されている可能性はありますが、主体ではないと思います。

この犯罪の被害者の多くは、被害を受ける理由が思い当たらないと言います。
私にしてもそうです。何の理由もなく、被害が始まり、エスカレートして行ったのです。
それは、悪辣であり、かつ卑劣です。加害行為への「ものさし」すらありません。
そして、被害を口にすれば、精神異常者とされる構図の中で、被害者は訴えるすべを知りません。

政治家そしてマスメディアには、この犯罪を徹底して検証する責務があります。
その責務を、早急に果たすことを願ってやみません。


秘密警察が監視する、暗く、息苦しい社会に生きたチェコの人々・・・。
そして、同様の機関が存在するこの日本 ー 私たちは、この組織をもっと知る必要があるのは確かでしょう・・・。




さて、D様。
前回の続きを書きたいと思います。


コツコツと小さく叩く音・・・。
3年前 ー 貸家に住んでいたWさんが言っていたことと同じです。

昨年まで住んでいたFさん夫婦が入居する前ー。
貸家には、夫の知人である70代の男性が住んでいました。
彼は妻に先立たれ、借金で家を失くし・・・夫を頼ってきたのでした。

夫は、家賃も取らずにWさんを住まわせていました。

彼は、人のいいところもあるのですが、自分を良く見せるための嘘を平気で付く男でした。
他人から賞賛され、驚かれることに執着するのです。この性癖を知っている人は「また、始まった」とばかりに、聞き流すのですが、知らない人はつい騙されてしまいます
夫も何度も騙されているのですが、つい、その口のうまさに乗ってしまうのです。

(私たちは、このWさんにより、ある事件に巻き込まれたのですが、それはいずれの機会に詳しく書きたいと思います。)

同じ敷地内に住む彼とは、家族的な付き合いでした。
私は、お茶や食事に呼んだり、おかずを分けてあげたりと面倒を見ていました。

このWさんが、ある時ー。
「夜中にコツコツと戸を叩く者がいる・・」と言うのです・・・。

彼は、誰か用事がある人が来たのだと思い、起きて戸を開けました。
しかし、そこには誰もいずに、通りの方を見渡しても人影はなかったのでした。

翌日も同じ音が聞こえました。
コツコツ・・・。
Wさんは、その夜も起きて戸を開けました。また誰もいません・・・。

その翌日も・・・。
彼は「また、いたずらだ」と思い、知らんふりで寝ていました。
しかし、起きる気配がないと、「コツコツ」は、何度も繰り返されたのでした。
たまらなくなり、飛び起きて戸を開けると・・・誰もいません。

4日目の夜 ー 。
彼は、玄関戸の鍵を、開けたままにして寝ました。
夜中になり、やはり「コツコツ」の音がしました・・・。
彼は、音を立てずに布団を抜け、忍び足で玄関まで行きました。
そして、いきなり戸を開けたのです・・・。

立っていたのは若い男でした。
「何だ! こんな夜中にー。 毎晩、叩いていたのはお前か!」
立っていた男は、突然開いた戸と、Wさんの怒鳴り声に驚き、しどろもどろになりました。

「アッ・・イヤ・・その、部屋を・・探しているんです・・」
「部屋だと? こんな夜中に何を言ってるんだ、この野郎!」
「・・イヤ・・あの・・スミマセンでした・・・」
「今度やったら、承知しないぞ!」

コツコツと叩く音は、それ以来なくなりました。
「あの野郎、頭がおかしいんじゃないかな・・・」
Wさんは笑いながら言うのでした・・・。
当時、私は「変な人がいるものだ」と思った程度でした。

その後、Wさんが退去し、貸家は空き家となりました。
その頃から、夫が「『コン』という音がする」と言うようになりました。
夜中 ー 部屋の外からその音が聞こえるというのです。

夫の寝室は和室で、西側に窓が付いています。
窓は上下に分かれていて、上の窓は出窓風になっています。
下はサッシ戸で、外側に雨戸が付いています。この下の窓は、普段は閉めきったままで、雨戸も閉めておきます。

夫は、その雨戸に「小石がぶつかるような音がする」と言うのでした。
何の音なのか気になっている様子でした。

「風で、何かが吹っ飛んで来たということかしらね・・・」
「いや、違う。風のない日も音はするし、ほとんど毎日だよ」

私は不審には思いましたが、あまり気に留めませんでした。
そのうち夫は、自分なりに、音の正体を推理しました。
「考えてみたら、猫がオシッコをして、砂をかける時に小石をはじくんじゃないかな」

私はそんな馬鹿な・・・と思いました。
猫が夫の部屋の外で、オシッコをするなんて見たことがありません。
たとえ、そうだとしても、毎日、小石をひとつ雨戸に当てるなんて有り得ないことです。

しかし、夫はその結論を得て、自分なりに納得したのでした。
その後も「音」は続きましたが、夫は猫のせいと思い込んでいるようでした。

D様ー。
私は今になれば分かります。
それは、ノイズキャンペーンの一種なのだと・・・。

Wさんが見た若い男は協力者なのです。
あの男は、犯罪の全容は知らぬままに、言われたことをやっていたのでしょう。
僅かなものでしょうが、報酬をもらっていたのかも知れません。
この組織犯罪に協力しているのは、こんな者たちなのです。

夫の部屋の外に、小石をぶつけるのもこの類いの者なのでしょう。
そして、Lの母親の部屋をコツコツと叩く者も・・・。

原因が分からない音は気になるものです。
不快音や不審音は、人間を苛だたせたり、不安に陥れたりします。
以前の手紙に書いた「ホォー」の音もそうです。
私の行動に合わせて、現在も鳴り続けています・・・。


昨年の12月のことでした。
夕方、洗濯物を取り込むために、私は下宿棟の東にある非常階段を上がり始めました。
その時、どこからともなく電子音のメロディーが聞こえてきました・・・。


D様、この続きを次回の手紙で書きたいと思います。
朝晩の冷えが日ごとに増してきました。
また、何かとせわしい月 ー 体調など崩されませんよう ー 。

                                                2009.12.10
                                                 万 留 子


人気ブログランキングへ




コメントの投稿

非公開コメント

初めまして

初めまして
何日か前より拝見させて頂いております、12迄拝見致しました。
貴女の文章と同じ様な思いをしております。私も被害ブログ書いています、下手な文章ですがよかったらご訪問下さいませ、これからも宜しくお願いします。

最新トラックバック

プロフィール

ミセスまるこ

Author:ミセスまるこ
命ある限り書き続けます。

記事のアップが遅くなってしまいました。お詫び致します。

記事をアップしようとすると、動作がフリーズするのです。異様な重さのあと、「表示できません」の画面となります。
接続診断をしても、問題はなく・・・遠隔操作による悪質な妨害だと考えています。

アップまでに何時間もかかってしまいました。それでも、私は書くのを止めることはありません。今後とも応援していただければ幸いです。


人気ブログランキングへ



<初めて御訪問の方へ>

この小説は、どの回もほぼ独立した形式になっています。繋がりがあるとしても、その回の前後だけです。でも、時間があれば(1)から読んで頂ければ嬉しく思います。そして、今後ともよろしくお願い致します。
尚、この小説は事実をもとに書かれています。


<記事の更新>
毎週木曜を予定

※この小説の舞台となっているのは下記の地域です。

福島県双葉郡富岡町本岡字本町


※上記写真の犬を見かけた方は御連絡下さいますようお願いします。今年8月に、突然、いなくなりました。

最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。