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(22)

D様


好天の日が続いています。
今日のこの地には、雲のない高い空が広がっています。
朝の空気は清涼で、吸い込むと体の芯が心地よく目覚めていくようでした。
日々増していく明け方の冷えは、深まりゆく秋を体感させてくれます。
こうして季節は冬へと移ろいでいくのですね・・・。


さて、D様ー。
きょうは、前回の手紙の続きから書きたいと思います。

昨年の11月初旬ー。
私は雨戸を閉めようとして、あたりが異様に暗いことに気付きました。
前日まで、見えていた近隣の灯りが、まったく見えないのです。不気味でした・・・。
「どうしたのだろう・・・?」
周りの家が、一斉に留守にしているはずもありません。

私は外に出て、下宿棟の東端に付いている、非常階段を上りました。
そして最上段から、我が家の、東と南に接する2軒の隣家の様子を見ました。
すると、2軒から明かりが見えました。留守にしているわけではなかったのです。
我が家からは、死角になる部屋の明かりだけが点いているのです。その他の部屋は、真っ暗でした。
2軒とも同様でした・・・。

次に私は、通りの方に出て、周りの家の様子を眺めました。
南側に建つアパートは、相変わらず薄暗く陰気でした。廊下を照らす蛍光灯は、消えかかり点滅していました。

通りを挟んで、我が家のすぐ向かいにある建物は、空き家です。当然、真っ暗でした。
ここは以前、ラーメン店だったのですが、私たちがこの家に引越してきて間もなく閉店しました。
それ以来、空き家のままなのです。

更に、その空き家の北隣、病院の駐車場の入り口に接している家 ー そこも空き家です。
持ち主は、遠くに住んでいるとかで、ほんのたまに帰ってくるだけです。

また、アパートの南隣 ー つまり我が家とはアパートを挟んでいる家ですが、この家も空き家なのです。
当然、明かりは点いていません。

我が家の敷地内に、2DKの貸家があるのですが、その時は、住んでいた老夫婦が退居して空き家になっていました。
当然、真っ暗・・・。

元ラーメン店の南側、敷地が1.5メートルほど高くなっているところに家があります。
ここは人が住んでいます。しかし、それまでは見えていた、窓の明かりは見えませんでした。
家全体が暗く静かでした・・・。

我が家の周りは、空き家が多いのです。その家々は、夜になっても暗いままです。
もちろん明かりは点きません。
しかし、住んでいるはずの家からも、明かり全はく見えなくなっていました。
病院の建物の明かりは見えましたが、人の気配はなく陰気でした・・・。

家の周りの異様な暗さ・・・それは、1年経った今も変わっていません。

この犯罪の手口に、被害者を不安に陥れるというものがあります。
光、音、匂い、色、数字、物の移動など、さまざまな暗示で不安を煽るのです。
我が家の周りから、明かりを見えなくしたのも、そのバリエーションなのでしょう。


「おばさん・・・」
先日、私が夕食を済ませ、雨戸を閉めようとしている時、声がしました。
貸家に住む若夫婦の長男Lでした。小学4年生です・・・。

Lは、バスタオルを首に掛けていました。
「どうしたの ー また?」
用件は分かっていました。
Lは、自分が風呂に入っている間、ドアの外にいて欲しいと言うのです。

2DKの貸家には風呂が付いていません。
風呂場は下宿棟の玄関を入ってすぐのところにあります。

Lは、風呂にひとりで入るのが怖いのです。
入浴中の怖い体験を話しては、風呂に入ってる間、すぐ外に居て欲しいと頼んでくるのです。

「廊下が真っ暗で気味が悪いんだ。それに変な音がするしー。」
「そっちの事務所の方でガタッって・・・。」
「この前はお風呂から上がったら、事務所のドアが少し開いていたんだ・・」
「下宿の2階からズシッという音がした・・」


下宿棟にある事務所には、侵入されている形跡がひんぱんにありました。
大事な書類が紛失したり、物が壊れたり・・・。
電気ポット、コーヒーメーカー、トイレのシャワー、掃除機、冷蔵庫、プリンター・・・今までに、信じられない頻度で故障が起きました。

机の中の筆記用具は、ほとんどが書けない状態になっています。
ボールペンは、インクがかなり残っているのに書けなくなり、フェルトペンのほとんどがインクが乾いた状態になり書けません。糊も乾いて使えない状態になります。鉛筆の芯もいつの間にか折れています。
通常では有り得ない頻度でこういうことが起きるのです。
新しく買ってきても、数回使って机に入れておけば、いつの間にか書けなくなっています。

それらを、私は輪ゴムで留めて机に放り込んで置きました。
しかし、信じられないことに、それが少しづつ減っていくのです・・・。

このような被害は、誰に言っても理解されることはないでしょう。


私は、その日もLが入浴する間、ドアの外にいました。
Lは浴室からいろいろ話しかけてきます。私が行ってしまうのでは ー と不安なのです。

「おばさん、友達が言ってたんだけどォ・・夜、寝てる時に誰かが入って来て、首を絞められた人がいるんだって・・。」
「・・・へェー・・で、その人どうしたの? 死んじゃったの?」
「死なないけど・・・死にそうになったんだって。鍵かけても入って来るんだって・・みんな怖いって言ってるよ。」

子供の他愛のない噂話なのでしょう。
でも私は、Lの話はこの町の陰気さを象徴しているような内容に思えて、気が沈みました。
子供たちのピュアな感性は、この町の影の部分を無意識に感じとっているのかも知れません・・・。

D様、私の言動がLに何らかの影響を与えたのでは ー と、お思いですか?
それは、ありません。
私は、今までの被害を、この町の誰にも話してはいません。
この町で親しくしている人はいませんし、もし誰かに話せば、それが悪評の種になり、精神異常者へ仕立て上げられる可能性があるからです。
被害者はそれほどナーバスにならざるを得ないのです・・・。

(実際、被害者の中には精神病院へ強制入院をさせられた方もおられます。裁判を起こされて、現在、係争中ですが、この件はいずれ詳しく書こうと思っています。)


Lは、15分ほどで風呂から上がって来ました。
私たちは外に出て、玄関に鍵をかけました。
その時、西の方角から「ホォー・・・」という陰気な音が聞こえてきました・・・。

私は、この音を初めて聞いた時、フクロウが鳴いているのだと思いました。
フクロウの鳴き声を知っているわけではないのですが、そんな声で鳴くのはフクロウ以外に考えられなかったのです。

しかし、やがて、変だと気が付きました。
私の行動に合わせて、その音が聞こえてくるのです。

夜、犬のエサをやるために外にでたとたんに「ホォー・・・」
雨戸を閉める時に、「ホォー・・・」
猫を呼ぶために窓を開けた時に、「ホォー・・・」

夜中にトイレに入った時に外から、「ホォー・・・」
朝、洗面所に入った時に、「ホォー・・・」
外出しようと家の外に出た時、「ホォー・・・」
帰宅して車の外に出た時、「ホォー・・・」

行動の節目に、鳴るのです・・・・。

これは、ノイズキャンペーンの一種なのだと思います。
お前の行動をいつも監視しているぞ ー という暗示なのでしょう。

他人がいる時は、あまり聞こえないのですが、その夜は聞こえました。
子供だったからでしょうか・・・。

「おばさん、今の音、聞こえた?」
Lは私を見上げて訊いてきました。
「うん、聞こえたよ。何の音なのかしらね?」
私は訊いてみました。
「あれはね、ゲンショウなの。」
「ゲンショウ?」
現象 ー ということなのでしょうか・・。
「うん。ほら、あの雲ね、動いているでしょ? あれと同じなの。現象なのー。」
夜空にかかる雲を指差して、Lは言うのでした。

Lの耳にも、いつも、この「ホォー・・・」という音は聞こえていたのでしょう。
そして、子供なりに音の原因を考えた・・・。

私は、分かったふりをしました。



さて、D様ー。

オウム真理教の事件から、もう15年近くの歳月が流れました・・。
マスメディアが騒ぎ、日本国中の耳目を集めた一連の事件は、社会の表層から、
フェードアウトしつつあります。

しかし、社会はあの事件を忘れたわけではありません。
そして、被害者の苦しみも終わってはいません。
後遺症は、精神にまで及び、今なお途切れることなく彼らを襲っています。
日本の社会から、あの事件の記憶が消えることはないでしょう。

被害者がその苦しみから解放される日はいつ来るのでしょうか・・・。

衝撃的な事件でした。
暴かれ、検証されていく事件の全容は信じがたいほど、悪辣で非道で・・・。
それは、社会の良識や常識などは通用しない、別世界の論理が働いた事件でした。
現実社会の物差しで測れば、理解することは不可能です。
教団信者たちは、その異常な論理の中で、何疑うことなく人を殺めていきました。
それが、正しいことだと信じていたのです・・・。

宗教は、人間にとって必要なものであることは確かです。
素朴なアミニズムは、時代とともに変容し、人間社会の基軸となっていきました。
西洋の芸術や文化は、キリスト教という基盤の上にありますし、中東諸国はイスラム教、インドはヒンズー教・仏教など、その教義は社会を支配しているとも言えるでしょう。

また、各宗教の宗派は増え続け、新たな宗教も生まれています。
キリスト教を例にとれば、統一協会などもそのひとつです。この宗教もかつてマスメディアを賑わしました。
合同結婚式など、一般社会から見て異様なことも、信者たちは何の疑問ももたず参加します。
信者は、その教義を疑うことはありません・・・。

信ずる宗教の論理にどっぷりと浸かってしまえば、人の思考は現実社会から乖離(かいり)していきます。
教義を軸とした狭小なスパイラルに陥ってしまうのです。

マルクスは「宗教は麻薬だ」と、宗教の危険な側面を指摘しました。
現実社会で起きる煩いごとは、その「麻薬」の中で攪拌され、浄化されていきます。
心地よいカタルシスが得られるのです・・・。

やがて、何につけてもその「麻薬」に逃げ込むようになります。
そして、いつしか、思考力は奪われ、現実から乖離していきます。
教義が支配する狭小な世界から、抜け出れなくなっていくのです。

宗教には、確かに危険な側面があると思います。
はまり込まない冷静さが不可欠なのですが、それは信仰心と両立しえるのかどうか・・・
私には分かりません。

D様ー。
私は以前、「この組織犯罪に、特定の宗教団体が関わっていることはないと思う」と書きました。
なぜなら、私は今まで、いかなる振興宗教も信仰の対象にしたことはないし、そのような人たちから、加害行為を受けることは考えられなかったからです。

インターネット上では、S会の信者たちによる、加害行為を訴える人が多いのですが、私には関係がないと思っていました。そういう記事は、S会の信者同士のトラブルによるもの ー と思い込んでいたのです。

矢野絢也氏がS会からストーカー被害を受けていたことは知っていました。
それを亀井静香氏が国会で取り上げた事実も ー 。
しかし、それは前述した通り、S会の信者間のトラブル ー そう思っていたのです。
私のケースとは違うと・・・。

私は、その思い込みを訂正しなければなりません。
S会の関与を訴えている被害者たちは、S会とは無関係の方が多いのです。この事実は、信者間のトラブルなどではなく、S会が「組織K」に協力していると考えなければなりません。

フランスでは、S会は「カルト」と認定されています。
この見方に、私は100%賛成というわけではありませんが、その信仰心を悪用すれば、犯罪に加担させることはたやすいことだと思います。信者たちは、言われたことを、何の疑いも持たず実行していくでしょう。
かつて、オウム真理教が起こした一連の事件は、教義だとすれば何の疑いも持たない、信者のその精神構造を利用していました。

もちろん、S会のすべての信者が犯罪に加担している ー とは言いません。
犯罪を実行しているのは、一部の信者なのだと思います。又、何も知らないまま、巧妙に犯罪に加担させられている人もいることでしょう。

「あそこの家の者は悪い奴だから、家の前を通る時は唾を吐いてやれ。」
「あいつはこんな奴なんだ・・町内のみんなにそっと教えてやった方がいい。」
「あいつはS会を悪く言っているぞ。夜、家の周りに水をまいて懲らしめてやった方がいいー 。」

彼らは何の罪悪感ももたず、迷うことなく言われたことを実行するでしょう。
S会に、Kの傀儡(かいらい)がまぎれ込み、信者たちを操ろうと思えば簡単です。
悪意ある者にとって、信仰心の厚い人間は御しやすいはずです。

Kに協力する団体や組織は、全国に数多く存在しますが、被害者たちの訴えは、S会もそのひとつなのだと考えざるを得ません。

しかし、私は思います。
S会をカルトとするなら、組織Kは、オウム真理教とどこが違うのだろうかと・・・。
狂った教義で人を殺め続けたオウムの信者たち・・Kにも、その犯罪を正当化する「教義」が存在しているはずです。それを狂信し、組織のなかで思考力を奪われた者たちは、日本国中に散らばっています。
そして、社会の狭間で、卑劣な犯罪を犯し続けているのです。

彼らが恐れているのは、この犯罪が社会に認知され、暴かれる日が来るということー。
「そんな被害はあるはずがない」「妄想だ」「統合失調症」と、被害者を精神異常者に仕立て上げようと躍起になるのは、その根底に「いつか暴かれる」という恐怖があるからです。

しかし、30年以上にわたる犯罪を、隠しおおせるはずはありません。
インターネットの普及は、被害の社会に向けての告発や、被害者同士の情報交換を可能にしました。

それをすべて、精神異常者の妄想だとし、社会を欺くことは限界に来ています。
今、この犯罪の実相は、明確に浮かび上がって来ているのです。

この犯罪の全容が暴かれる日は必ず来るのです・・・。

マスメディアは、今、この犯罪を検証するべきです。
その良心とプライドにかけて、臆することなくその使命を果たし欲しい・・・そう願ってやみません。



D様、私は以前の手紙で、人を細かく観察していれば、その対象者の次の行動や、考えていることの予測は出来ると書きました。その見方は今も変わっていません。
しかし、他にも方法はあります・・・。それを次回の手紙に書きたいと思います。


朝夕の冷え込みが日ごと増しています。
御自愛くださいますよう ー 。



                                                  2009.10.15
                                                       万 留 子



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集団ストーカーという言葉がその実態を適切に表しているかは疑問のあるところです。
それはこの被害を体験した多くの方々に共通することは、これが単に集団でつけまわされた、あるいは付き纏われたといったストーカーの集団版程度ものではないからです。
この被害内容を纏めると、

①被害者は、ガスライティングという外来性の心理的暴力に晒される。
②被害者は、光や音響、臭気、味や舌触りの変化、身体への衝突といった、人間の五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に対し攻撃を仕掛けられる、あるいは挑発される。
③被害者の身辺に不審な車両が現われる。
④妙にパトカーが徘徊するようになる、あるいは追跡、待伏せされる。警察ヘリなどの場合もある。
⑤店舗、飲食店、病院、美容院などの店員や関係者の態度が悪くなる、あるいは不審な挙動や言動を口にする、医療機関においては医師、ナース、薬剤師などの態度や言動に不信感を抱かせるような医療行為が行われる。
⑥生活や仕事など、様々な妨害に晒される。
⑦身体に関する異変が生じる。
※覚えのない引っかき傷、注射痕や、素人か未熟な者による注射跡(内出血のような跡)、頭の中の破裂音、身体内部の振動、突然の耳鳴り(ベルのような音。)、
頭の中の思考を読み取られているのではないかと思える出来事。
⑧障害者、浮浪者などが妙に身辺に現われてくる。



などなど。

こうした被害実態を観て行くと、単なるストーカーの集団版などという生易しいものではないことが見えてきす。それは組織的な生活破壊活動、あいるは組織的で破壊的な人権侵害活動、あるいは対人破壊活動とも言えるべきものです。

こうした一連の被害から浮上してくることは、
どうやらこの破壊活動が、

①直接対象を攻撃する実行組織。
②この実行組織を陰から支援、あるいは援護し隠蔽する外部機関とそのネットワーク。


によって構成される構造的な活動という観方が強まることです。
そしてこの構造が誰もが反対し得ない事柄によって巧妙にカモフラージュされていると思えてくることです。

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Author:ミセスまるこ
命ある限り書き続けます。

記事のアップが遅くなってしまいました。お詫び致します。

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接続診断をしても、問題はなく・・・遠隔操作による悪質な妨害だと考えています。

アップまでに何時間もかかってしまいました。それでも、私は書くのを止めることはありません。今後とも応援していただければ幸いです。


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この小説は、どの回もほぼ独立した形式になっています。繋がりがあるとしても、その回の前後だけです。でも、時間があれば(1)から読んで頂ければ嬉しく思います。そして、今後ともよろしくお願い致します。
尚、この小説は事実をもとに書かれています。


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