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(74) 事件までの経緯

D様 ー。



不透明なスクリーンを貼ったような空が広がっています。
それは12月の色ではないけれど ー。

町に出れば、微かにクリスマスの曲が聞こえ、
商店には、クリスマスの飾りつけがされました。
それは、テレビが映し出す、都会の華やかな装飾には及ぶべくもない、
チープで、古ぼけた・・・毎年同じクリスマスツリー。
でも、どこか愛おしく、私は立ち止まり見入ってしまうのです。


さて、前回の続きに入らせて頂きます。

FK社の念願であった焼却炉の入替え ー。
私はついに、その申請書類を完璧に揃えることが出来ました。県の担当課は、もはや書類の訂正箇所を指摘することが出来なくなったのです。私が最初に相談に赴いてから、実に8年の歳月が流れていました。

この8年の間に、当社と住民の軋轢はエスカレートしていました。
担当課が指導力を発揮し、迅速に対応していれば、当社にも住民側にも良い結果を生んでいたことは確かでした。当社は、効率的な焼却作業が可能になりますし、住民たちへの煙の被害は軽減したはずです。

しかし、県の担当者たちは、自分の在任中の「受理」を避け、後任者への申し送りを繰り返したのです。
彼らは、当社と住民とのトラブルに事なかれ主義を押し通したのでした。

さて ー。
書類が整いましたので、私は、担当課に受理を急かせました。
もう、申請を拒否する理由はないのですから ー。

しかし、ある日 ー。
担当課長が、思いも寄らぬことを言い出しました。
「現在、倉庫にある在庫を全部、処分しなければ受理はしない。」と言うのです・・。


D様 ー。
「在庫」について説明したいと思います。

まず、前々回の手紙に戻らなければなりません。
その中で、私は、FK社の共同代表者であったYMとの対立で、裁判になった経緯を書きました。
以下に要約してみます。

1. 当社は、YMの裏切りにより、業務に携わる権限がなくなり、YMを提訴したのでした。
  しかし、裁判の結果が出るまでの間に、YMは事業を開始させました。工場内に、医療廃棄物の搬入を  始めたのでした。

2. しかし、裁判で係争中に、当該土地建物が競売となり、双方が入札する事態になりました。 
  そして、当方が落札したのです。YMは事業途中で、事業所から出る羽目になったのでした。


そして ー。
YMが出て行った後、私と夫は事業所に入りました。
そして、驚いたのでした・・・。

事業所内には、YKが集めた膨大な廃棄物が残されていたのです。
それは、屋外にも放置されていました。

私は、県の担当課に相談しました。
YMの事業に許可を出し、指導する立場にあった県が、その解決に乗り出すのは当然のことです。

しかし、彼らは「われ感知せず」の態度でした。
これから、FK社に廃棄物処分業の許可を出すには、そんなものはないことが前提だと言うのです。
だからと言って、FK社が業務許可を取得する前に廃棄物を焼却することは出来ません。
運び出すことも不可です。


やむ得ず、私は敷地内の倉庫にそれを保管させました。
許可取得後に、少しづつ処分することにしたのです。


しかし、D様 ー。
その思惑は外れました。

前回の手紙で述べたように、近隣住民から煙に対する苦情があり、FK社は、焼却能率が低下する状態が続いたのです。保管したものまで処分する余裕はありませんでした。

しかし、YKが残していった廃棄物は、容器が傷んでいるものが多かったのです。
優先的に処分する必要がありました。


医療廃棄物は、堅固なプラスチック容器か、内側に厚いビニール袋を入れたダンボール箱に収納されています。ダンボール箱の場合、風雨に晒されれば必然的に傷みます。倉庫内に保管させてあるとは言え、「在庫」を優先せざるを得なかったのです。

結果、搬入したものが残り・・「在庫」は入れ替わり続けました。
それが、倉庫に残っている状態だったのです。

また、稼動炉は老朽化していき、修理や改修が繰り返されました。
更に、「ダイオキシン規制法」が制定され、大規模な炉の改造も行われました。

その度に、炉の稼動を止めなければならず・・・入替え申請が遅々として進まない中、
「在庫」は膨らんでいったのです。


D様 ー。
ならば、廃棄物の受け入れを抑えればいい ー とお思いでしょうね?
しかし、それは簡単なことではないのです。

業者は大抵の場合、排出元と年間契約を結びます。
FK社も各医療機関と年間契約を結んでいました。長年、取引関係にある病院も多く、
急に「他に搬出してくれ」とは言えないのです。会社の都合で受け入れを拒否すれば、病院はたちまち廃棄物で溢れ返ることになります。


さて ー。
EN課長は、書類を受理する条件として「在庫」を処分しろと言うのでした。
しかし、老朽化した炉で、搬入物の他に在庫を焼却するのはとうてい無理でした。

私は、課長に対し、
「在庫は、焼却炉を変更した後に処分させて下さい。」とお願いしました。
入替え予定の大型炉で焼却すれば、ほんの数日で処分が可能だったのです。
私は、入替え許可の手続きを早急に進めるように訴えたのです。

しかし、D様 ー。
EN課長は「在庫の処分が先だ」として譲りませんでした。
課長は、当社の炉の焼却能力は百も承知のはずなのに ー です。

私は,課長に言いました。
「それなら、他社に委託して処分するしかありません。よろしいですか?」


さて、D様 ー。

廃棄物処理法では、廃棄物の再委託を禁止しています。
廃棄物の処分を受託した者は、それを他社に再委託をしてはならないのです。

私はEN課長に対し、
「それに違反をしてもいいのか」ー と、暗に問い質したのです。

すると課長は、
「いや、在庫はYMが残していったものじゃなかったかな?」
と言うのでした・・・。

つまり、受託した廃棄物でなければ、他社への委託は可能なのです。
在庫の廃棄物は、FK社が受託したものではなく、自社が排出したものとして他社に委託すれば、問題はないのです。医療廃棄物をFK社が排出したとするのは無理があるのですが、以前の事業者からの在庫だとすれば、なんとか法の範囲内に納まるはずでした。


D様 ー。
県の担当課は、従業員が嫌がるほど頻繁に会社に来ては、工場内を視察をしていました。
つまり、彼らは、廃棄物の在庫が膨らむ過程をつぶさに見ていたのです。
にも関わらず、EN課長は「YMが残して行った」と言うのでした。

しかし ー。
在庫はYMが残して行ったもの・・・。
県の担当課とFK社は、暗黙の合意をしたのでした。

私は早速、廃棄物を受けてくれる業者を探しました。
まず、県内の大手業者と交渉しましたが、けんもほろろに断られました。
ここの営業部長は、以前、ある病院との取引を当社に取られ、恨んでいたようなのです。
もう一社の大手業者との交渉も、価格面で折り合わず取引には至りませんでした。

私は、県内外の様々な業者にあたり、結局、隣のY県の業者と取引を決めました。
県内の業者にしたかったのですが、いたし方ありませんでした。

と言いますのは ー。
委託先が県外の業者の場合、煩わしい手続きをしなければならないのです。
受け入れる県の許可が必要となるのです。

私は急遽、書類の作成に取り掛かりました。
そして、仕上げるや、延々5時間ものドライブをして、Y県の担当課を訪ねました。
そして、担当者に早急な認可を要望したのです。

しかし、このY県の認可は遅々として進みませんでした。
何度、電話をしても「今やってます」の返答 ー。

ようやく書類の不備はないとの返答を得たのは、2ヶ月後でした。
しかし、その後、担当者が当社まで来て、廃棄物を確認をすると言いだし・・・更に時間を費やすことになりました。

その間、こちらの担当課からは、搬出を急かされ続けました。

結局、搬出の許可が下りたのは、書類を提出してから4ヵ月後 ー。
年度が変わろうとする3月下旬でした。

私は、すぐEN課長にその旨を報告し、Y県の許可証のコピーを提出しました。


そして、搬出の準備に入ったのでしたが ー。
FK社の従業員は、それぞれの職務があり、この搬出作業に携わる余裕はありませんでした
。勿論、私にも日常的な職務があり、搬出作業の指揮をとる者も必要でした。

FK社は作業員を臨時に雇用しなければなりませんでした。
しかし、雇用期間は2ヶ月間と短く ー 職安に募集を依頼しても、応募はほとんどありませんでした
。やむなく私は、夫の助力を得ることにしました。

夫は、HYに話を持ちかけました。
HYは、定職はないのですが、機械修理や溶接などが得意で、それまでも、会社の焼却炉の補修などをしてもらっていたのです。地元に様々な人脈があり、こんな場合には頼りになるはずでした。

「大丈夫。俺に任せてくれれば期間内に搬出する。」
彼は快諾してくれました。そして言葉通りに、ほどなく運転手と作業員を集めて来ました。

準備が整いました。
私は、県の担当課に「搬出を開始する」と連絡をしました。
HYの指揮のもと、廃棄物の搬出作業が始まったのです。

私はHYに対し、容器が傷んでいる場合は、全て、新しい容器に収納するよう指示をしていました。
運搬に際し、万全の措置を取ったのです。容器ごと別の容器に収納するという作業で、数が多く大変でしたが、彼らは忠実にその指示に従ってくれました。廃棄物の量は膨らむ結果となりましたが・・・。

搬出期間は、5月から6月の2ヶ月間 ー。
私が時折、作業の様子を見に行くと、彼らは懸命に作業をしていました。

さて、D様 ー。
廃棄物の処分は、排出から処分完了までの流れを明確にするために「マニフェスト」という、7枚綴りの伝票を用います。排出事業者に対し、収集運搬・中間処分・最終処分の完了を、その都度報告する義務があるのです。

当然、この搬出に際しても、FK社を排出者としたマニフェストを発行しました。
会社のゴム印と印鑑を押した伝票をHYに持たせておいたのです。彼が、Y県の業者に廃棄物を運搬するたびに、業者から、処分した旨の印鑑を貰い、私のところに持ってくるという訳です。

さて、D様 ー。
通常の取引であれば、月ごとの集計で代金を支払いますが、臨時の取引ですので、その都度の支払うことになりました。私は、HYに小切手を持たせてやってたのですが ー。


ある日、HYが事務所に来て ー。
「作業の状態で、急に運搬しなければならない時もあるし・・、作業員たちも金がない奴が多くて、賃金を日払いする時もある。賃金も含めた金を預けておいてくれないか ー。」と言うのでした。
とりあえず500万でいいからと ー。

私は、四六時中会社にいる訳ではなく、様々な用事で出かけることも多かったのです。作業はHYに任せっきりの状態でした。HYや作業員が働き易い方法取り、作業能率を上げなければ ー と思いました。

私は、夫に相談しました。
すると、夫も「作業を期間内に終了させるためには、その方がいいかも知れない」と言うのでした。
そして、FK社の台所事情を考慮し、自分が金を用意すると言い・・・結局、夫はHYに約400万円を預けました。

その後、作業は順調に進み、倉庫内の廃棄物はすべて搬出されました。
私は、空になった倉庫をみて、心底ホッとしたものです。


私はすぐ、Y県の業者からのマニフェストをコピーし、県の担当課に提出しました。
マニフェストに記載された廃棄物の量は、実際よりも大分少ない量でした。Y県の受け入れ量は限られていた為、過少申告せざるを得なかったのです。それも県との暗黙の了解事項でした。
担当課は在庫量を鑑み、明らかに少ない記載量を指摘することはありませんでした。


2ヵ月後 ー。
FK社が申請していた焼却炉設置の書類に、県の受理印が押されました。
その後は、環境アセスメントなどの追加書類を提出し、設置許可が下りることになります。

計画は、一挙に進むはずでした・・・。


そんな11月のある日 ー。
FK社に、50代半ばと思われる男性が訪ねて来ました。
「倉庫を使うことになったので、荷物を運び出して貰いたい。」
と言うのです。

荷物・・?

私は、何のことか分かりませんでした。
「荷物と言いますと・・・?」

「HYが運んで来たお宅の荷物ですよ。HYに連絡がつかないのでこちらに来たんです。
箱にお宅の会社名が書いてあったんでね。」

私は、全身から血の気が引きました・・・。
顔色は、蒼白だったと思います。


D様 ー。
HYは、廃棄物を運んだふりをして、この人の倉庫に保管して置いたのでした。
Y県の業者にも運んだことは確かですが、それはほんの一部で、ほとんどが倉庫に残されていたのです。

私は動転し、夫に連絡をしました。
やがて会社に飛んで来た夫の顔も蒼ざめていました。
夫は、電話を掛けまくり、HYを捕まえました。

そして、
「その倉庫を見てくる。」
と、事務所を飛び出て行ったのでした・・・。


その後、HYが話した内容は ー。
「借金があって、返さなければならなかった。悪いと思ったが、とりあえず荷物は倉庫を借りて保管した。もう少ししたら、金が入る予定があったんで、運び出そうと思っていた。」・・・でした。

HYは、FK社が命運をかけた搬出作業を、かくも軽く考えていたのでした。
夫は激怒し、HYに解決を迫りました。

こんなことが担当課の耳に入ったら、
申請書類の却下どころか、会社の業務許可は取り消され・・・倒産です。

夫は、FK社を守るためには、代表者である私は、この件に関わらない方がいいと考えたようでした。
すべて自分が対処するから、通常の業務だけをしていろと言うのでした。

とにかく、HYが借りていた倉庫の持ち主は、すぐ荷物を運び出すことを要求していました。
夫は早急な処分を考え、Y県の業者に掛け合いました。
しかし、焼却能力に限度があり、急に受け入れられる量はわずかでした。

HYが、また別な倉庫を見つけて来ましたので、廃棄物はとりあえずそこに保管しました。
そこから、夫は何度かY県まで運搬させましたが、全てを運び出すことは出来ませんでした。
大部分の廃棄物は、倉庫に保管された状態となったのです。

平成16年が終わろうとしていました・・・。



D様 ー。
きょうは、もう少し書く予定でしたが、前半部分が思いがけず長くなってしまいました。
続きは次回に書かせて頂くことをお許し下さい。

何かとせわしい季節です。
体調に御留意下さいますよう ー。



2010.12.2  
万 留 子
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