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(72) 逮捕の日

本文に入る前に ー。


本日、ようやく記事をアップすることが出来て、ホッとしています。
予告日より、随分と更新が遅れましたことをお詫び致します。

パソコンの不可解な故障により、更新したくても出来ないという状態にありました。
中国のネット検閲よろしく、突然、画面が真っ暗になるのです。
インプットしたものはすべて消えてしまいます。その繰り返し・・・。

更新できないことは、つらいことでした。
それでも、町の図書館のパソコンから、皆様の暖かいコメントを読ませて頂き、励まされていました。
感謝の気持ちでいっぱいです。本当に有難うございました。

この更新は、町のパソコンからです。
今日、8台あるうちの1台だけが管理画面に入れることに気付いたのです。
持ち歩いていた原稿をこれからインプットします。

記事は予定していた内容の半分以下になりそうですが、頑張ってみます。


また、このパソコンは設定が変えられてしまう可能性があります。
その時は、コメント欄からメッセージを書き込もうと思います。
もし、また、更新が滞りましたら、コメント欄に目を通していただければ幸いです。

今後とも、ご訪問くださいますよう ー。
皆様の御厚意に感謝いたします。


                  

                          2010.10.26
                                   万 留 子


*********************************************


(73)




D 様





十月とは思えない空の色です。

この季節の清涼さはなく、どんよりとした灰色・・・。
それは、過ぎた梅雨を思い起こさせます。
時折、自然が見せる悪戯は、楽しむべきなのでしょうか。

北の地では初冠雪 ー。
この地の山々も、赤や黄に染まっているのだろうかと、
私は、ひとり居間にいて、郊外の山々に思いを馳せています。





さて、D様 ー。
前回の続きを書かせて頂きます。


「逮捕・・・ですか?」

「○○さんですね。ちょっと中に入っていいですか?」
一番前にいた男 ー W刑事は、私の問いには答えずにいいました。
(Wという名前は、のちに聞いたものです。私はまだ、彼の名前を知りません。)

「家、逮捕であれば用意しますので、少し待っててください。」
私は、一旦、ドアを閉めました。

私は、この事態を何ヶ月も前から予測していました。
ですから、必要と思われるもの ー 衣類、洗面具、筆記用具、本などを、キャリーバッグに詰めて置いたのです。

「○○さーん、開けて下さい。○○さん、開けて!」


外から、婦警の声が聞こえてきました。それと共に、ドアを激しく叩く音 ー。
それは、狭い1DKの事務所内に響き渡りましたが、私構わずに、身支度を始めました。

そしてー。
私は再び、玄関のドアを開けました。ものの5分も経っていません。
しかし、開けたとたん、3人が勢いよく部屋に入り込んで来ました。

そして、部屋のあちこちを調べ始めるのでした。
事務所内をはじめ、バス、トイレ、キッチン・・・。

「待って下さい。逮捕だけでしょ? 家宅捜索の令状はとってあるんですか?」
どこを見られようが構わなかったのですが、私は一応、聞いてみました。

「いや、逮捕時に不審な行動をした場合は調べてもいいの。」
W刑事が言いました。

「不審・・って、身支度をしただけですよ。」
W刑事は、私の言葉に答えずクローゼットの中を見ています。
しかし、どこを調べても不審なものがあるわけでなく、「捜索」は数分で終わりました。

W刑事が私の方に向き直りー、
「隣近所の手前もあると思って、部屋の中で執行しようと思ったんじゃない。それをいきなり閉めるんだからー。」

「隣近所は知らない人ばかりだし、別に構いませんよ」。

w刑事は、その言葉には答えず・・・、
「○○さんだね? 逮捕状が出ています。」
令状を私に示しました。そして、それを読み上げた後、腕時計を見て ー。
「えーと、18時○○分」

こうして、私は逮捕されたのでした・・・。



D様ー。
この日に至るまでの経緯を説明するには、時間をかなり遡らなければなりません。
長くなり過ぎぬよう、出来る限り、簡略に書いていきたいと思います。

私が、逮捕された容疑は、「廃棄物処理及び清掃に関する法律」違反です。
警察ば、この法律の中の「再委託の禁止」に違反したというのでした。


逮捕後ー。
部屋を出て、私が乗せられたのは、7~8人乗りのワンボックスカーでした。
前の座席には運転手とW刑事、後ろの席は私を真ん中に、婦警と護送係の警官の3人です。
逮捕はもちろん初めての体験で、それは、私の日常的な空間ではありませんでしたが、
私の心は、不思議に落ち着いていました。

「これから、どこへ行くんですか?」
私は、隣にいる婦警に訊きました。

すると、前方から声が聞こえました。
「NM署ー。」
W刑事でした。

NM署は、事件を担当した警察署です。
I市から70キロほど北にあります。

1時間半ほどの・・・決して快適とはいえないドライブが始まりました。


「ところで、今回の逮捕を自分ではどう思っているの?」
助手席のW刑事が、体半分を後ろ向きにして、私に訊いてきました。

「納得できるはずないじゃないですか。不当逮捕ですよ。」
「不当? 逮捕は当然だよ。Hにも有罪の判決が出たしね。」


D様ー。
私は、以前、Hについて書いたことがあります。
後述しますが、事件の発端はこのHでした。


私はW刑事に言いました。
「Hの逮捕後、私には、一度の事情聴取もありませんでしたよね。そして、そのまま裁判が行われて有罪判決
・・・おかしいですよ。」
「裁判は適正に行われましたぁ。裁判長が判決をだしたんだから、イチャモンを付けちゃ駄目だよ。
 今、そんなこと言うんなら、自分から裁判所に行って、証言すれ良かったでしょ。」
「捜査の段階で、聴取づべきですよ。」
「聴取は、明日から行います。ご希望通りにー。」

確かにー、
W刑事は、私の取り調べを担当したのですが、どこか憎めない人なのでした。


さて、私がこんな羽目になった経緯ですがー。
まず、私の仕事から説明しなければなりません。

私は当時、医療廃棄物の中間処理をする会社を経営していました。
代表取締役社長という立場です。

医療廃棄物の中間処理とは、つまり焼却をすると言うことです。
医療機関から排出される廃棄物は、定められた密閉容器に収納してありますので、それをコンテナ車で収集し、
そのまま焼却炉に入れて焼却処分をするのです。


私がこの仕事に携わるようになったのは、以下のいきさつからでした。


平成3年ー。
夫は、I市に住む知人(MZ氏)から、ある事業への投資を依頼されました。
短期間の融資で良いし、担保も付けると言うのでした。

夫は、その話の詳細を聞くために、この地方のNR町を訪れました。私は運転手役での同行でした。

私たちは、MZ氏に会って、話を聞いたのですが・・・。
その話の内容は、電話での話しと大きく違っていました。
曖昧なところが多く、担保物件も、金額に見合うものではなかったのです。
結局、夫はその話を断りました。

MZ氏は、気を悪くすることもなく「食事に行きましょう」と、私たちを誘いました。
その時、一緒についてきたのがYM - 私が「廃棄物」に関わるきっかけとなった人物です。

食事しながらの話では・・・。
MYの家は、かつてNR町の大地主で、祖父は町長を長く務めていたということでした。

「今の役場も、私の祖父が寄付した土地に建っているんですよ。」
YMは、誇らしげに語るのでした。話の内容とは裏腹に、YMは50代前半の貧相な男でしたが・・・。

YMは、食品加工の会社を経営していましたが、数年前に廃業したというのでした。
「その工場で、今、別な事業を計画しているんですよ。」
MZ氏が口添えをしてきました。

訊けば、「医療廃棄物の中間処理の会社を立ち上げているところだ」と言うのです。
「YMさんは、今、その資金繰りが大変なんですよ。」
また、MZ氏が言いました。

医療廃棄物の処分業を始めるには、県の許可を受けなければならない、
許可のための申請書類を整えるには、まとまった資金が必要となる ー、と言うのでした。

「良かったら、これからその工場を見に行きませんか?」
もし、今回の融資用に準備していた資金があるなら、少しの間だけ融通してもらえないか・・・と、二人は頼んで来たのです。


さて、D様 ー。
結果的に、夫はその資金を出すことになりました。
その後、何度か話し合った結果、共同で仕事をしていくことが合意されたのです。


そして、平成4年6月ー。
私とYMが代表者となり、FK株式会社が設立されました。
共同代表という形です。夫は別の仕事がありましたので、私を代表者としたのです。

私は心ならずも、廃棄物処理業という、未知の分野に足を踏み入れることになりました。

しかし・・・。
会社設立後、YMの話に嘘が多いことが分かってきました。
YMは、会社設立前は、「県の許可は1~2ヶ月で下りる」と言っていたのですが、許可を得るためには、
まだまだ多くの書類の提出が必要だったのです。

また、全部自分の土地だと言っていた会社の敷地は、一部が借地で、地主へ借地料が、何年にも亘り滞納されていました。水道代も滞納 ー 「以前のものを支払わなければ、水を出すわけには行かない」と役場では言うのでした。食品加工会社時代のものですから多額でした。電気、電話も同様・・・。

更に、YM個人の懐事情も火の車で、生活費にも事欠いていました。
夫は、「おんぶに抱っこ」をされた状態で、必要な資金を出し続けました。

そして 、平成5年1月末ー 。
ようやく県からの許可が下りたのですが・・・それは「焼却設備を設置しても良い」というものでした。
つまり、焼却炉を建設するための許可です。業務を開始するためには、焼却炉を設置した後、「営業許可」というものを受けなければならないのです。

乗ってしまった舟 ー 川中で降りるわけにはいきませんでした。
夫は、焼却炉建設のための資金の工面を始めました。


しかし、D様ー。
YMは、この「焼却炉設置許可」が下りた後、態度を一変させたのでした。
自分の名前で許可が下りたのだから、好きにさせてもらうー 「金は返せばいいだろう」と言うのです。

許可の申請は、YMの個人名で出していました。
FK社を設立する時に、その個人名を会社名に変更することが合意されたのです。

しかし、会社設立後、YMは「申請の途中で変更すると、更に時間がかかってしまう」と言うのでした。
許可が下りてから、変更したほうが良い ー ということで、私はそれに従いました。

のちに知ることになったのですが、、許可が下りてからの変更は「不可」なのでした。
申請の段階での変更は可能で、許可までの時間に影響することも、ほとんどなかったのです。
YMは、私を欺いていたのでした。

さて、YMは ー 。
私に対し、会社の役員を辞任するとの内容証明書を送り付けて来ました。
廃棄物処理に関して何の権限もないFK社は、存在意義を失ってしまったのです。

夫は、YMの人間性に唖然とし、そして、憤りました。
これから一緒に、長く事業をしていくのだから、家族同然だよ・・・と、YMの生活費まで出していた夫の善意は、見事に裏切られたのです。


夫と私は、弁護士に相談しました。
弁護士は、それまでの書類を調べー、

「FK社は、YMと、土地建物の賃貸借契約を結んでいますね。賃料も支払っている。」
と言うのでした。

つまり、焼却炉を設置するための土地は、FK社の権利下にあったのです。
YMは、FK社に無断では焼却炉を設置できません。
YMに下りた許可は、FK社の不同意のもとでは紙切れ同然というわけです。

私は、YMに対し、土地建物から出て行くようにとの内容証明書を送付しました。
そして、その後、裁判所に提訴したのです。


公判が始まりました。
しかし、二回目の公判が終わってまもなく、思いがけないことが起きました。
当該の土地建物が、競売にかけられたのです。

YMの土地建物には、食品加工会社時代の担保がついていました。銀行は、貸金を少しでも回収すべく、競売の措置をとったのでした。FK社がYMと結んだ「賃貸借契約」は、この物件を落札した者には対抗できません。

裁判所は弁護士に電話をしてきて、このまま裁判を続けても無意味になる ー と言うのでした。


土地建物を手に入れるには、競売に参加して落札するしかありませんでした。
YMには、当時、有力なスポンサーが付いていました。当然、入札してくるはずです。
夫は、また5千万円近くの金策をしなければなりませんでした。

幸い、知人の紹介で、関東圏で飲食店チェーンを展開するE社が融資してくれることになりました。
条件は、競落した土地建物をE社名義にすること ー。そして、県からの業務許可が下りた時点で、FK社が買い戻すということが合意されました。


さて、競売が行われ ー 。
無事、FK社が落札することが出来ました。
YM側も入札したのですが、こちら側の金額が上回ったのです。
(YMは意気消沈し、スポンサーは怒り狂ったとの噂が聞こえてきました。)


さて、D様 ー 。
土地建物は手に入れました。
しかし、それはようやくスタートラインに立ったと言うことです。
私たちは、県への許可申請を、一から始めなければなりませんでした。

FK社の名前で、すべての申請書類を揃えることになりました。
幸い、YMが申請した時のコピーがありました。私は、それらの書類の「申請人」の欄をFK社に書き換え、短期間でそれを作り上げました。

私は、その書類を持って県の担当課行きました。
「一応、預かって内容を精査します。」
「よろしくお願いします。」

しかし、「精査」は、遅々として進みませんでした。
些細なミスを指摘され、書類を入れ替えるということが繰り返されました。
私は、根気強くそれに従いましたが、内心は「もう、うんざり」でした。

ミスがあるなら、まとめて指摘してくれれば、効率的に訂正できるし、時間も短縮できるはずでした。
しかし、担当者は、それを一枚ごとに指摘してくるのです。

やむなく、夫の知人の県会議員に相談してみました。
議員の自宅を訪ね、事情を話すと ー 。

「ああ、あそこの部長は同級生なんですよ。ちょっと待って下さい。」
議員は私たちの目の前で、その部長に電話をかけてくれました。
知り合いなのでよろしく ー そんな簡単な電話でした・・・。

翌日、私が県の担当課に行くとー。
担当者の態度はガラッと変わっていました。
「書類は通りました。受理します。」
書類には、あっ気なく受理印が押されたのでした。


その後 ー。
県への許可申請は順調に進み、FK社は「医療廃棄物処理」の業務許可を得ることが出来ました。
そして、様々な準備期間を経て、開業したのは平成8年のことでした。



「あっ、その前にツタヤに行かなきゃな。」
FM署に向かっていた車中 ー W刑事が言いました。


私が借りていたレンタルDVDを返却するために、ツタヤに寄ることになっていたのです。
W刑事は、私の申し出を以外にも、
「延滞金がかかるもんな。いいよ。」と、受け入れてくれたのでした

ツタヤの駐車場に車が停められました。

「私、こういうの借りたことないから・・どうすればいいの?」
カウンターにいけばいいんです ー との私の言葉を受けて、婦警がDVDを入れた袋を持って、車から下りて行きました。

ツタヤの店内は明るく、いつもと変わらぬ人の出入りがありました。
それを護送車から眺める私・・・。

日常と非日常が交差する不思議な感覚の中で、私は、明日からのことをぼんやり考えていました。



D様、この続きを次回に書かせていただきます。


日ごと深まる秋の中で、私はひとり、過ぎた日の断片を繋ぎ合わせています。
D様もどうか御自愛下さいますようー。



                             2010.10.14
                                     万 留 子

















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